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羊たちの沈黙はなぜ名作と言われているのか?3つの理由を解説!

1991年に公開されたサイコスリラーの傑作、羊たちの沈黙。

主役の一人であるハンニバル・レクターは、それまでの映画に登場した連続殺人鬼とは一線を画す存在で、知性、教養、ユーモアを兼ね揃えた人物であり、その背景によって、闇がより強く、不気味に感じられます。しかし、それだけをもって名作と言われているわけではありません。本記事では、羊たちの沈黙がなぜ名作と言われるのかついてお話します。

 

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羊たちの沈黙はどんなストーリー?

羊たちの沈黙が名作と言われる理由をお話する前に、前提知識として、どんなストーリーなのかお話します。

 

①抜擢

物語は、主人公であるFBIの訓練生、クラリス・スターリングが、山の中に作られた訓練場をランニングしているシーンから始まります。

途中で教官らしき人物に呼び止められ、

 

「クロフォードが呼んでる」

 

と言われます。

クロフォードは、FBIの行動科学課に在籍する主任捜査官です。

トレーニングウェアのまま「痛み、苦痛を愛せ」と書かれたプレートが括りつけられた木の横を通り抜け、クラリスはオフィスに向かいます。

 

クロフォードは、若い女性を被害者とする連続猟奇殺人事件を追っていました。被害者は死後、皮膚を剥ぎ取られ、川に遺棄されており、メディアはその手口から「バッファロー・ビル」という呼び名をつけます。

 

クロフォードは事件解決のために、収監中の凶悪殺人犯と接触し、心理分析を行っていました。ほとんどは協力的でしたが、ただ一人、ハンニバル・レクターだけは協力を拒否していました。

 

レクターは元精神科医で、患者を殺害して食すという事件を起こしており、9人に対する第一級殺人罪で逮捕されますが、逮捕後に入れられていた精神病院で、拘束が解かれた一瞬の隙に女性看護師に噛みつき、食いちぎった肉を食すという事件を起こします。その後、ボルティアモアの精神異常犯罪者診療所に、終身刑のような形で収監されることになります。

 

そんな、一般的に想像される凶悪犯罪者とも一線を画すレクターの協力を得るために、クロフォードはクラリスに、彼に会って話をしてきてほしいと命じます。成績がトップクラスで有能というのが理由で、クラリスは重要な役割に抜擢されたことに興奮しますが、同時に、なぜ自分がとも感じます。しかしチャンスを活かそうと、前向きに引き受けます。

 

②初対峙

ボルティモアの病院に着くと、クラリスは院長のチルトンから注意事項を受け、個人的な話はするなと釘を刺されます。

 

レクターがいる檻は一番奥で、その前に数人の囚人がいて、ミグズという囚人が投げてきた卑猥な言葉を躱して、目的の檻に辿り着きます。

 

強化ガラスで仕切られた檻の向こうに佇むレクターは、他の囚人とは違う、紳士的な態度でクラリスと会話し、言葉の節々に知性や教養が感じられるものの、猟奇連続殺人犯という前提があるためか、その落ち着きと知性が深い闇を感じさせ、独特の不気味さを感じさせます。

 

レクターは、バッファロー・ビルはなぜ女性を殺害するのかと言ったことから、クラリス個人のことについて質問し、クラリスから情報を引き出そうとします。

さらには、服装と言葉から、都会に憧れる田舎娘であり、ずっと男たちの視線を浴びてきた、そんな生活から逃げたくてFBIに飛び込んだと指摘され、必死に自分を抑えようとするも、動揺は隠せません。

 

しかし、クラリスもそのままでは終わらず、レクターの洞察力を褒めた後、その強力な洞察力をご自分に向けたらと言い返します。

 

それが癇に障ったのか、レクターはクラリスから渡された質問事項を返し、

 

「昔、国勢調査員が来た時、そいつの肝臓をそら豆と一緒に食ってやった、ワインのつまみだ」

 

と言ってクラリスを怖がらせます。

そして、もう学校へお帰りと言って話を終わらせ、クラリスも、これ以上話しても無駄だということと、おそらくは不安と恐怖から、その場を後にします。

 

しかし戻る途中、レクターの隣の房にいるミグズが、手についた精液を投げつけ、クラリスの顔にかかります。それを見ていたレクターは、特殊ガラスの独房越しにクラリスを呼び、無作法を失礼したと、ミグズの代わりに謝罪し、質問には答えないが昇進のチャンスをやるといって、昔自分の患者だったミス・モフェットを捜せと言います。

 

③二度目の対峙

ミス・モフェットのことを調べ始めたクラリスは、ミグズが死んだことをクロフォードから聞かされます。レクターに一日中詰られて自殺したと聞き、クラリスは戦慄しますが、レクターにとってはただの暇つぶしだと、クロフォードは言います。

 

レクターの言葉をヒントに倉庫を調べ、首を切断された遺体を発見したクラリスは、ミグズという障害物がなくなった病院へ赴き、再びレクターと対面します。

 

倉庫で発見した遺体が誰なのか聞こうとするクラリスに、レクターは景色が見たい、バッファロー・ビルの資料を見せてくれれば協力できると言います。

 

クラリスとしては、自分が発見した遺体が誰で、殺害したのは誰なのかということと、そしてバッファロー・ビルが次の殺人を起こす前に捕まえたい、だから情報が欲しいと思っていますが、それを百も承知なレクターは、何か知っている素振りをしながらも肝となる情報は出さず、まるでゲームを楽しんでいるように笑います。

 

クラリスは、焦りともどかしさを感じながらも、新たに見つかった遺体をクロフォードとともに調べ、喉に詰まっていた蛾の幼虫を発見し、わずかに捜査は進展しますが、その間にバッファロー・ビルは次のターゲットを誘拐しており、なんとそれは、上院議員の娘、キャサリンでした。

 

③迫るタイムリミットと三度目の対峙

上院議員の娘を救出するという、明確なタイムリミットが生まれたFBIは、対応に追われます。クラリスはレクターからさらに情報を引き出すため、クロフォードに相談の上で、事件に協力すれば景色が見られる場所に移れるという"餌"を提示し、バッファロー・ビルの資料を渡して協力を仰ぎますが、レクターは情報の代償として、クラリス自身の情報を教えろ言います。二人の三度目の駆け引きです。

 

キャサリンを助けたいクラリスは、レクターの提案を承諾します。するとレクターは、子供の頃の最悪の思い出は何か? と聞いてきます。クラリスは、父親の死だと答え、そのときのことを細かに話します。

 

情報を得たレクターは、クラリスから事件に関する話を聞き、答えていきます。しかし、レクターの答えはいつも、直接的ではなく間接的です。答えを与えるのではなく、クラリス自身が答えを見つけるように誘導します。

 

いくつかの情報を得たレクターは、再びクラリスのから情報を引き出そうとします。幼い頃に母親を亡くし、父親も失った後どうなったかと聞かれ、クラリスは、いとこの牧場に引き取られたと答えます。そこで牧場主から性的な暴行でも受けたか、という質問に、クラリスは「彼はまともな男よ」と答え、再びレクターから情報を引き出そうとします。

 

そして、バッファロー・ビルに繋がるヒントをレクターは口にしますが、それを盗聴していた院長のチルトンは、レクターからバッファロー・ビルの名前を聞き出し、自分の手柄にしようと目論見ます。結果、レクターは事件解決に協力するという名目で、警備が緩い場所に移送されます。

 

④最後の対峙

強化ガラスではない、隙間から手を入れて触れることができる檻に移ったレクターに、クラリスは四度目の接触を試みます。キャサリンが誘拐されてから数日経っており、時間はありません。クラリスは、なんとかレクターから情報を引き出そうと、ミグズを自殺に追い込んだことを理由に没収されていた木炭画を取り戻してレクターに返し、話を始めます。

 

レクターは、これまで同様、直接的な答えを与えることなく、根本に目を向けろ、資料を見ればすべて分かる、諸君が追い求める男は何をしていると、クラリスが自ら答えにたどり着くように誘導します。

 

再び繰り広げられる二人の駆け引きの中で、クラリスはついに、自身のトラウマの深部を口にします。牧場で聞いた子羊の悲鳴が忘れられず、今でも夢に見ること、屠殺される子羊を助けようと、一匹を抱えて逃げたが、重くて逃げ切れずに保安官に捕まって、子羊も殺されてしまったという話を聞いたレクターは満足したのか、ありがとうクラリスと言います。

 

いよいよバッファロー・ビルの正体を聞き出せる、そう思ったとき、チルトンという妨害が入って時間切れとなり、かろうじて資料だけをレクターから受け取って、クラリスは飛行機で帰ることになります。

 

クラリスが戻った後、レクターは警備二人を殺害して脱走、そのまま行方不明になります。一方のクラリスは、資料を見直し、レクターの言葉をヒントに犯人に迫っていきます。

 

そして、たどり着いた民家の住人である男がバッファロー・ビルだと確信、家の中にある井戸でキャサリンを発見し、停電した家の中でバッファロー・ビルに殺されそうになりますが、撃鉄を引く音で背後にいることに気づき、間一髪振り返って引き金を引き、バッファロー・ビルを射殺して事件は解決します。

 

事件後、正式にFBI捜査官となったクラリスのもとに、レクターから電話がきます。

 

「子羊たちの悲鳴は止んだか?」

 

と聞き、クラリスはレクターに場所を聞き出そうとしますが、レクターは答えず、私のことは放っておいてくれ、古い友人を夕食に……と意味深な言葉を残して電話は切れます。

 

その視線の先には、レクターの行方を掴んだらしいチルトンの姿があり、レクターが彼の背中を視界に収めながら歩いていくところで、物語は終わります。

 

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羊たちの沈黙の主な登場人物

羊たちの沈黙には複数の登場人物がいますが、主要な人物は以下のとおりです。

 

クラリス・スターリング

FBI訓練生であり、本作の主人公です。

幼い頃に母親を亡くし、10歳で父親も亡くして、母親のいとこの牧場に引き取られます。しかし、屠殺による子羊たちの悲鳴に耐えきれず、わずか二ヶ月で一匹の子羊とともに牧場から逃げ出そうとするも失敗し、牧場主の怒りを買って施設に預けられます。

 

施設に入ってからFBI訓練生になるまでの過程は、映画では描かれませんが、レクターのプロファイリングを正とするなら、自分の境遇に負けずに生きてきたものの、その容姿から、男から視線を向けられることが多く、そんな生活が嫌でFBIに飛び込んだということになると思います。そういったことから野心も強く、レクターにもそれを指摘されています。

 

ハンニバル・レクター

元精神科医で、9人の殺害で捕まった連続猟奇殺人犯です。

殺しを楽しむ狂った男という雰囲気ではなく、知的で教養があり、人の心理を読んで操る術に長けています。

もう一人の主人公と言ってもいい存在感で、作中で殺人も犯しますが、同時にクラリスの成長の助けとなる導き手でもあります。

 

ジャック・クロフォード

FBI行動科学課の主任で、クラリスにレクターから情報を引き出すように命じた人物です。

 

バッファロー・ビル

若い女性を殺害して、死後に皮を剥ぎ取り、川に遺棄することを繰り返している連続猟奇殺人犯です。レクター曰く、変身願望を抱いており、そのために蛾の幼虫を遺体の喉に詰めています。

 

クラリスに居場所を特定されるも地の利を活かして追い詰めますが、クラリスに射殺されて絶命します。

 

彼が作中でキャサリンを誘拐するシーンは、実在の連続殺人犯、テッドバンディが実際に使った手口がモチーフとなっており、皮を剥いで服を作るという行為は、エド・ゲインという殺人犯が実際に行っています。

 

フレデリック・チルトン

レクターが収監されている精神病医の院長で、小物感の強い人物です。

クラリスが何度もレクターと接触しているにも関わらず、自分には情報が降りてこないことに不満を覚え、三度目の対峙のときに二人の会話を盗聴、上院議員に売り込んでバッファロー・ビルの正体を吐かせ、自分の手柄としようとするも失敗します。

 

最後は、逃亡したレクターの行方を掴んだものの、レクターに認知されており、その後どうなったのかは想像に難くないという運命を辿ります。

 

羊たちの沈黙が名作となった3つの理由

羊たちの沈黙がなぜ名作と言われるのか、3つの理由を解説します。

 

①主演二人の演技力

名作となった理由の一つ目は、クラリス・スターリングを演じるジョディー・フォスターと、ハンニバル・レクターを演じるアンソニー・ホプキンスの、役にハマった演技力です。

 

ジョディー・フォスターは、負けず嫌いで、人一倍努力して過去に打ち勝とうとする野心的なFBI訓練生でありながら、子供の頃のトラウマを抱えたまま、男という存在に対して、どこか受け入れられない、しかし視線を向けられてそこから逃れようとする脆さにも近い弱さを持ったクラリスという人物を見事に演じきっています。

 

レクターと最初に対峙したとき、触れられたくないトラウマの一部を見抜かれたときの表情は、演技とは思えないほどリアルで、見ていると苦しくなるほどです。

 

アンソニー・ホプキンスは、それまでの映画にはいなかった、知的で教養があり、心理戦に長けた元精神科医でありながら、人肉を食す連続猟奇殺人犯という存在を見事に演じきっています。

 

恐ろしい殺人犯でありながら気品もあり、本作の中心であるはずの連続殺人鬼、バッファロー・ビルの殺害方法がおぞましいだけであるのに対し、作中でレクターに殺害され、蝶が羽を広げたような姿にされた警官の遺体は、発見された場所の雰囲気も相まって、どこか芸術的にも見えます。

 

高い知性と高い異常性、冷静さとおぞましさを併せ持ち、絶対に遭遇したくない連続殺人鬼であるにも関わらず、強い印象を残して人の興味を引くハンニバル・レクターという人物は、映像化してみれば、もうアンソニー・ホプキンス以外考えられないと思うほどのはまり役と言えます。

 

この二人の演技力は、羊たちの沈黙を名作に引き上げた理由の一つと言えます。

 

②脚本の素晴らしさ

二つ目の理由は、脚本の素晴らしさです。

サイコホラーというジャンルであり、その雰囲気もしっかり出しつつも、主人公クラリスの成長が描かれています。そしてクラリスを導くのは、本来その役割を担うだろうクロフォードではなく、本作のラスボスであるバッファロー・ビルよりも恐ろしい、ハンニバル・レクターだというところも面白いです。

 

トラウマと向き合ったクラリス

クラリスは、父親の死と、その後預けられた牧場での出来事がトラウマとなっており、施設で暮らすようになってからは男たちの視線に晒され、女性であるがゆえの苦しさや差別を受けてきたと考えられます。

 

この映画が公開された当時から遡り、クラリスが10代だった頃の時代を考えると、そういった状況は日常的であり、そこから逃れたい気持ちと、過去を跳ね除ける強さを求めて都会に出て、FBIの訓練生になったのだと思います。

 

そして本作には所々で、クラリスのそういった心理を反映しているようなシーンがあります。

 

冒頭、クロフォードに呼ばれてオフィスのエレベーターに乗るとき、周りはすべてクラリスより身長が高い男で視線を集めたり、捜査の一環として来ているにも関わらず、チルトンに口説かれたり、ランニング中にすれ違った訓練生の男たちがクラリスのほうを振り返ったり、遺体を検視に来たときに注がれる地元警官からの視線、空港ですれ違った男が振り返るといったシーンがそれです。これは、レクターと初めて対峙したときに指摘されたことを裏付ける描写と見ることができると思います。

 

最初は、まさかのチャンスをものにしようとするも、触れられたくない心の内をレクター指摘され、ミグズの嫌がらせに遭い、病院を出たとは車まで歩いたところで堪えきれずに泣き出してしまうなどの脆さを見せますが、捜査を続け、レクターと対峙する度に、見ることを避けていた自身のトラウマと向き合うことになり、その痛みに負けずに進んでいきます。

 

最後には、レクターからのヒントをもとにバッファロー・ビルを探し当て、単身乗り込み、捕らえられていたキャサリンを救い出し、犯人を射殺して連続殺人犯バッファロー・ビル事件を解決したことで、時の人となります。

 

結果、ずっと頭の中で鳴り響いていた子羊たちの悲鳴、そして助けられなかった弱い自分という過去を乗り越えて、FBI訓練生から捜査官となります。

 

冒頭、クロフォードに呼び出されたクラリスがオフィスに向かうシーンで映る「痛み、苦痛を愛せ」というプレートの言葉通り、クラリスは痛みを受け入れ、乗り越えたと言えます。

もしクラリスが、レクターの最初の指摘に負けて、トラウマと向き合うことから逃げていたら、キャサリンは遺体で発見されていた可能性が高いです。クラリスは、キャサリンを助けるとともに、自分自身のことも助け出して前に進んだということができます。

 

トラウマと向き合えなかったバッファロー・ビル

ラスボスであるバッファロー・ビルは、子供の頃に受けた虐待が原因で、トラウマを持っています。レクターの分析によれば、彼は変身願望があり、その渇望を満たすために、傍目にはただの異常者にしか見えない猟奇殺人を起こしています。

 

本人なりの理由があるため、おそらく被害者に対する罪悪感はなく、連続殺人犯の種類の一つである快楽型……殺害することと性的な興奮が何かしらの理由で結びついており、その結果殺人をする……でもなく、変わりたいという願望を、間違った方法で実現しようとしていると見ることができます。

 

バッファロー・ビルが殺人に至ったキッカケは描写されていませんが、ずっと見ているものが欲しくなるというレクターの分析から考えるなら、身近にいた、一番最初の被害者を見ているうちに、渇望を抑えられなくなったということになりそうです。

 

自らのトラウマと向き合うことができず、痛みから逃れるために変身を渇望し、殺人に走ってしまったバッファロー・ビルは、幼少期のトラウマという出発点は同じでも、クラリスとは真逆の道を進んでしまったということができます。

 

 

以上のように、クラリスの主人公としての成長、対比として存在するバッファロー・ビルという存在、連続殺人鬼とFBI訓練生という対象的な存在でありながら、不思議な信頼関係を築いて師弟のようになるクラリスとレクターの関係……これらを織り交ぜて組み上げた脚本の素晴らしさは、羊たちの沈黙が名作である理由の一つと言えます。

 

③クラリスとレクターの駆け引き

羊たちの沈黙が名作となった三つ目の理由は、クラリスとレクターの駆け引き、心理戦です。

二人は計四回対峙して、それぞれが欲しいものを得るために情報を交換していきますが、この描き方が見事であり、観客を物語に引き込みます。

 

この心理戦の最中は、レクターが話しているときはクラリスの視点、クラリスが話しているときはレクターの視点というふうに、各々の表情がアップになることが多くなります。観ているほうからすると、レクターが自分に向かって言っているような錯覚を覚えて、少し怖くなりますが、それよりも見事なのは、セリフの応酬による駆け引きです。

 

二人の渇望が対立する心理戦

最後の対峙となった四度目の状況を考えてみます。

キャサリンが行方不明になってから数日経っており、クラリスは焦っています。失敗すれば失うものが大きく、心に抱えた傷をさらに大きくすることにもなります。そのため、バッファロー・ビルの情報を渇望しています。

 

レクターはというと、上院議員の娘を救出するために協力するという名目で移送されたものの、囚われの身であることに変わりはなく、協力したところで報酬もないという状況で、渇望するのは、クラリスがまだ話していない、心の深奥にある秘密です。

 

それぞれに渇望を抱えた二人の対峙は、

 

「こんばんは、クラリス」

 

という、レクターの背中越しの言葉から始まります。

クラリスはレクターの機嫌を取ろうと、取り戻した木炭画を檻の縁に置きます。

 

「絵をお返しします」と言うクラリスに、レクターは「思慮深いね。クロフォードがご機嫌取りで君を送り込んだのかな、この事件から降ろされる前に」と皮肉り、クラリスは「私が来たいから来たんです」と返します。

 

捜査に協力すれば外が見える刑務所に移れるという話は君が考えたのかという、レクターからの質問の後、クラリスはレクターに、アナグラムの謎が解けたと言います。

 

レクターは、上院議員と話したとき、バッファロー・ビルの本名はルイス・フレンドだと言いましたが、それは言葉遊びで、デタラメでした。クラリスはそれを解いたことを伝え、おそらくは無意識に、自分を評価するように迫るような態度を見せます。

 

そして、バッファロー・ビルの手がかりを要求しますが、レクターはいつものようにそれを躱して、

 

「事件のファイルは読んだかね? あの男について知るべきことは、すべてあのファイルに書いてある」

 

と言って、答えを与えません。

しかし、キャサリンがいつ遺体で発見されるか分からない状況で、時間がないクラリスは答えを求めます。しかしレクターはこれまで通りクラリスに質問をして、クラリスが自分で答えを見つけ出すように誘導します。

 

「中にあるものはなんだ? 君が追っている男は何をする?」

 

「女性を殺す……」

 

「違う、それは結果だ。彼が本当にやりたいのは何だ?」

 

こんなふうにして、レクターはクラリスに、バッファロー・ビルが本当に望んでいるもの、渇望しているものは何かを考えさせます。そして、日常的に目にするものを所有したいという渇望からすべては始まる、という言葉のあと、その意味を聞き出そうとするクラリスに、レクターは、今度は君が話す番だと、子供のとき牧場から逃げ出した本当の理由はなにかと聞いてきます。

 

そんな話をしている暇はない、こうしている間にもキャサリンが……と焦るクラリスにレクターは、君はなくても私には時間はたっぷりあると突っぱねます。後で話すからと、答えを求めるクラリスでしたが、レクターはダメだと言い放ち、質問に答えることを要求します。

 

クラリスは他に駆け引きの材料もないため、思い出したくないトラウマについて話します。子羊の悲鳴が頭から離れないこと、キャサリンを救出することは、そのとき子羊を助けられなかった自分を乗り越えること、つまりはトラウマを乗り越えることなのだと、心の内で認め、その反応を見たレクターは、クラリスの心を掌握できたことに満足し、ありがとうクラリスと言います。

 

すべてを話したクラリスは、バッファロー・ビルの名前を聞きだそうとしますが、チルトンが現れて妨害されてしまいます。しかし諦めず、レクターが檻の隙間から差し出したバッファロー・ビルの資料を取るために、警官の制止を振り切って檻のそばまで行き、資料を受け取るのです。

 

凝縮された7分

このシーンは、見た目だけで言うと、檻の中にいるレクターに、FBIであるクラリスを尋問しているようですが、本質的にはレクターがクラリスを尋問している、つまり、囚人が捜査官を尋問しているという、通常ではありえない状況が描かれています。

 

そして、クラリスは自身のトラウマを話したくない、触れられたくない、でも情報がほしいという葛藤に苛まれ、レクターは情報を小出しにするものの、クラリスが欲する情報は出さず、なんとかしてクラリスの心の秘密を知ろうと誘導し、最後には秘密を吐露したクラリスに、レクターは深い満足感……征服感といった感情を抱きます。

 

同時にこのシーンは、クラリスがなぜFBIに入ったのかという根本的な部分も見せており、観客はレクターと一緒に、クラリスの秘密に触れることになるのです。

 

もっと単純なところでは、レクターがついにバッファロー・ビルの名前を口にするのか、という期待感も感じさせてくれます。

 

このときの二人の対峙は、時間にして約7分と、決して長くはないですが、その中に凝縮された二人の感情、葛藤、渇望、それに伴う駆け引きに、思わず見入ってしまいます。

 

四度に渡るクラリスとレクターの対峙から生まれる二人の関係性の変化、そして駆け引きこそが、羊たちの沈黙を名作と言わしめる最大の理由だと言えます。

 

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時代に左右されない名作

羊たちの沈黙は30年以上前の作品なので、映像や雰囲気に古さは感じますし、現在の価値観で見ると問題とされてしまうような部分もあります。しかし、クラリスとレクターというキャラクターの魅力、ストーリー構成、相反するキャラクターである二人の心理戦は、今見ても思わず引き込まれてしまい、時代に左右されない名作であるということができます。ぜひ、ご自身の目で確かめてみてください。

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