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実話を基にした映画「凶悪」のモデルとなった事件がヤバすぎる!

山田孝之さん主演で2013年に公開されたクライムスリラー「凶悪」。

ノンフィクション小説が原作で、ある殺人事件で収監されていた死刑囚が、「先生」と呼んだ連続殺人犯が行った生々しい殺人と、真相解明に執着する記者の心の変化が描かれた、後味の悪い映画です。

 

本記事では、映画のあらすじを見つつ、実話であるモデルとなった事件について、解説します。

 

死刑囚の告発から始まる三つの事件

真相が明らかになり、闇に潜んでいた凶悪犯罪者を引きずり出し、スッキリ終わるかと思わせて、最後まで暗い気持ちのままエンディングを迎える「凶悪」は、見ているとキツくなってきますが、原作がノンフィクションというだけあって、その生々しい残酷さは、普通に生活しているとほとんど見ることがない人間のダークサイドを延々見せられているようです。

 

もとになった事件は「上申書殺人事件」といって、映画同様、死刑判決を受けて上告中だった、元暴力団組長の後藤が、自分が関与した二件の殺人と一件の死体遺棄について上申書を提出、後藤が先生と呼んでいた不動産ブローカー、三上が主犯であることを告発しました。

 

後藤は、自分に不利益を与えたという理由で、男一人を川に突き落として殺害、共犯者とともに別の人物の家を襲撃して、その場にいた四人を監禁、女性一人に高濃度の覚醒剤を打って中毒死させ、放火によって残った三人も殺害、死刑が確定していましたが、ある理由(後述)から、上申書を提出します。

 

上申書に記載されていた事件は、

 

  • 石岡焼却事件
  • 北茨城市生き埋め事件
  • 日立市ウォッカ事件

 

以上三つです。

 

後藤は告発した理由として、三上主導の事件で受け取るはずだった報酬が、後藤が逮捕されたことを理由に支払われなかったこと、世話を頼んだ舎弟が自殺し、その舎弟の財産が三上の手によって処分されたことだとしています。他にも、事件に関わった関係者の名前を上げており、上申書を受け取った茨城県警は捜査を開始します。

 

映画「凶悪」は実話!?ほぼ映画そのもののリアル事件

上申書に書かれた事件は、原作がノンフィクションだけあって、映画の中で描かれたものとほとんど一緒です。

石岡焼却事件は、金銭トラブルで三上が相手を殺害、木材と一緒に遺体を焼いてしまったため、証拠がほぼなく、立件できませんでした。

 

北茨城市生き埋め事件は、資産家の老人を拉致して、三上の所有する土地の敷地内に生き埋めにして殺害、老人がもっていた土地を一時三上が所有した後に売却されました。

この事件については、被害者の身元も分かっており、住民票や土地登記についても、上申書に書かれた通りでしたが、埋められたはずの遺体が見つからず、こちらも証拠不十分で立件できませんでした。

 

日立市ウォッカ事件は、借金を抱えていたカーテン店の店主を事務所に軟禁し、肝硬変と糖尿病を患っていた被害者に、約一ヶ月に渡って大量の酒を飲ませ、最後に高アルコールのウォッカを飲ませて病死に見せかけて殺害、遺体を下赤沢の林道に遺棄しました。

 

この件は、被害者の家族も関わっていたためか、保険金殺人として立件され、三上は無期懲役、後藤は懲役20年(前述した事件で死刑確定)、舎弟四人は、一人は自殺、三人は別の事件で12年~無期懲役、保険金殺人を依頼した被害者の家族にも、懲役13~15年が言い渡されました。

 

殺人が障害物を取り除く行為でしかない二人

自分に不利益を与えたという理由だけで家を襲撃して殺害、三上主導の殺人にも手を貸していた後藤も、金を得るためにターゲットを探し、何の躊躇いもなく(躊躇いがあるとしたら遺体の処分が大変とかそういう部分)人を殺す三上も、共感能力が皆無で、目的の為なら手段を選ばないサイコパスの可能性が高そうです。

 

日立市ウォッカ事件においては、病気を患っていた被害者に、病死に見せかけるために一ヶ月に渡って酒を飲ませ、長期間の苦痛を与えるという、普通なら耐えられないようなことをやってのけていることから、人に苦痛を与えることそのものが目的であるサディストの傾向があるようにも思えます。

 

映画では、アルコールの過剰摂取とスタンガンによるショックで、動きがおかしくなる被害者を見て、木村が心から楽しそうに笑う姿が描かれていますが、現実もあの通りだったとしたら、ほぼ間違いなくサディストだと思われます。

 

程度の違いはあれど、泣いて苦しんでいる被害者を楽しそうに見ているイジメっ子も、同じようなものだと思うかもしれませんが、それでも一定のレベルを越えれば躊躇し、イジメに加わりながらも、実際には自分がイジメられないためにやっているだけで、本当はやりたくないと思っている人もいると思います。

 

そういう感情を一切持たず、相手が死ぬまで痛みつけても楽しいとすら感じるのは、やはり異常というしかなく、更生や反省などいう綺麗事で向き合ってはいけない人間が、世の中には一定数いるということを突きつけられる映画であり、事件であると思います。

 

映画「凶悪」のあらすじ

まずは映画、「凶悪」のあらすじを見ていきます。

 

主人公は、「明潮24」というスクープ雑誌を作っている明潮社の記者で、妻と認知症の母と暮らしています。藤井は、事件の真相ではなくスクープばかりを追う編集部の姿勢に疑問を感じながら仕事をしていますが、ある日、編集部に一通の手紙が届きます。

 

手紙の送り主は、東京拘置所に収監されている死刑囚、須藤からのもので、上司から確認するように言われた藤井は、須藤に面会に行きます。

 

アクリル板越しに対面する二人。

 

須藤は、誰にも話していない三つの事件について告白すると言います。すでに死刑判決が出ており、上告中の須藤にとって、警察が把握していない事件を告発することは不利になります。なぜそんなことをするのか、そう聞いた藤井に、須藤は、

 

「シャバに、どうしても許せない奴がいる。そいつがのうのうと生きていることが許せない。追いつめて裁きたい」

 

と答えます。

 

"そいつ"とは、須藤が「先生」と呼んで慕っていた、木村という不動産ブローカーの男で、三つの事件の首謀者です。

 

死刑囚が余罪を告白する……興味深い話ですが、須藤の供述はしっかりとしておらず、被害者の名前が曖昧だったり、内容もぼやけたところが多く、藤井は困惑します。しかし同時に、嘘をつくのならもっと内容をはっきりしたものにできるはずで、この曖昧さこそ事実である証明ではないのか……そんなふうに考えた藤井は、内容をまとめて編集長に報告します。

 

しかし、そんな犯罪小説みたいな話は信じられないと言われ、記事にはできないことを須藤に伝えに行きますが、

 

「どうせ死ぬなら綺麗になって死にたい」

 

という須藤の思いに動かされ、個人として調べ始めます。藤井としては、スクープにならないことを理由にスルーするのではなく、埋もれた事件を掘り起こして真相を暴くという、自分が考えるジャーナリズムに価値があると証明したいという思いがあったのかもしれません。

 

独自調査を進めるうちに、須藤の言っていることは本当かもしれないという情報が集まっていき、編集長も気に留めるようになりますが、本物だったとしても証拠がなければ記事に責任をもてないと言われ、藤井は証拠集めにも、のめり込んでいきます。

 

認知症の母親の介護で疲弊している妻のことも、会社の仕事も気にかけず、ついに木村商事という、「先生」の会社にたどり着きます。

 

三つのうち最初の事件は、貸した金を踏み倒そうとした相手を殺した、というものです。

遺体の処理に困った木村は、暴力団組長の須藤に連絡、須藤は土建屋の社長に連絡して脅し、会社の焼却炉を使って遺体を燃やします。

 

この事件をキッカケに、須藤と木村は親密な関係になり、木村は須藤の娘にランドセルをプレゼントするなどして、パパの友だちの優しいおじさんを装います。

 

二つ目の事件は、認知症の老人から奪った土地を売却し、邪魔になった老人を始末するというものです。

殺害後、前回と同じように焼却炉で遺体を燃やそうとしますが、土建屋の社長は拒否し、しかたなく、木村が所有(転がしている)している土地に穴を掘って生き埋めにして、土地を売却した金は山分けされました。

 

三つ目の事件は、借金返済で苦しんでいる、牛場電機設備という電機店の社長、牛場悟の殺害です。

5000万円もの借金を抱える牛場に、家族は困り果て、木村に殺害を頼むと、木村は牛場に8000万円の生命保険をかけるように指示し、肝硬変を患いながら退院してきた牛場の再就職斡旋を装って預かり、覚醒剤を混ぜた酒を大量に飲ませ、スタンガンでいたぶり、トドメとばかりに96度の酒を飲ませて殺害します。

 

ずっと木村に付いていこうと思っていた須藤でしたが、この頃から状況が変わり始めます。

まず、舎弟だった佐々木が裏切ったことで、橋から落として殺害、木村から託された日野という舎弟がドジを踏んだことに激高し、五十嵐という舎弟を連れて日野のアパートへ行くと、日野の恋人に覚醒剤を打って強姦し、二人に灯油をかけて燃やします。

 

恋人は死亡、日野は重傷を負い、須藤と五十嵐は、栃木県宇都宮市の「マンション監禁放火殺人事件」で指名手配されます。このままでは自分にまで捜査の手が伸びると感じた木村は、須藤との関係を潮時と考え、手を切ることを模索します。

 

逮捕されることが確実になった須藤に、木村は、

 

「放火で死んだのは一人だけだし、うまくやれば死刑は免れる。いい弁護士をつけるよ」

 

と言い、最後に、

 

「実はね、五十嵐に逃走資金の相談をされたんだけど、断った。須藤を裏切って逃げるなんてねぇ」

 

と、残念そうに言います。

 

まさか五十嵐が自分を裏切るなんて……一番可愛がっていた舎弟の裏切りに須藤はショックを受け、五十嵐を呼び出して車の中で問い詰めますが、五十嵐は、そんなことをしていないと否定します。しかし須藤は五十嵐を信じずに射殺、警察に逮捕され、死刑判決が出されます。

 

それらすべてを、執念で記事にした藤井は、木村がターゲットを探して出入りしているという老人ホームに行き、木村に取材しようとしますが、警察に通報され、駆けつけた警官を突き飛ばしたことで逮捕されてしまいます。

 

取り調べの中、藤井は木村の件を告発しますが、警察は「その件は記事にしないでくれ」と言って、まともに話を聞こうとしません。それを聞いた編集長は、藤井に記事にするように指示し、明潮24に掲載された執念の記事は、大反響を呼びます。

 

しかし、遺体という証拠がないため、最初の二件は立件されませんでしたが、牛場の保険金殺人について家族が証言したことで、木村も逮捕され、無期懲役になります。

 

家族を犠牲にするという代償はあったものの、自らが正しいと考えるジャーナリズムを追求し、埋もれていた事件に光を当てたはずの藤井でしたが、死刑を先延ばしにするために記者を利用した、神は生きて罪を償えと言っている(木村が告発される前に須藤はキリスト教に入信していたため)などと言い、編集長から、ジャーナリストとして何も間違ったことはしていないと言われるも、藤井は打ちのめされて、物語は幕を閉じます。

 

凶悪の一言では足りない残忍さ

人間は誰でも、少しぐらいは凶悪な部分をもっています。頭の中で殺意を実現したことがある人もいると思いますが、それは対して問題ではありません。ほとんどの人は、想像することはあっても、実行しようとすれば、様々な理由でブレーキがかかるからです。しかし世の中には、映画、そして実話としての「凶悪」で描かれたように、凶行に躊躇いがない人間が一定数いることを、頭の片隅に置いといたほうがいいのかもしれません。

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