2011年に公開された「冷たい熱帯魚」は、目を背けたくなる残虐さと最悪の後味で、日本を代表するホラー映画の一つです。映倫規定では18歳未満は観覧禁止であり、それも頷ける内容です。
しかしもっとも恐ろしいのは、これは実話ベースの映画であることです。
本記事では、冷たい熱帯魚とモデルになった実話について、解説します。
大型熱帯魚店の裏側で行われていた凶行
まずは、「冷たい熱帯魚」のあらすじを見ていきます。
主人公は社本信行という、小さな熱帯魚店を営む男で、死別した妻との子供である娘と、現在の妻と三人で暮らしています。家族仲は悪く、社本もそれに気づいていますが、向き合って状況を改善しようとせず、そんな社本の態度に、妻も娘もうんざりしています。
そんなある日、娘がスーパーで万引きをしてしまい、店長から呼び出されて青ざめますが、偶然居合わせた村田という男が店長と懇意であったため、話をつけてくれて事なきを得ます。
村田は大型の熱帯魚店を経営しており、これも何かと縁と、社本の娘をバイトとして雇うと言います。
この一連の出来事をキッカケに、社本は家族ぐるみで村田と仲良くなり、気さくで親切な村田に、社本もすっかり心を許します。
しかし村田の親切さは、悪魔が正体を隠すために被った人の皮でした。
関係が深まっていくと、社本は村田のビジネスに立ち会わされるようになります。それは、真っ当な表のビジネスではなく、違法な高級魚の売買でした。
こんなものに付き合っていられない……と思ったときにはすでに手遅れで、社本は結果的に違法ビジネスを手伝うようになります。しかし、それはほんの入口でした。
やがて社本は、村田と、その妻の愛子が、取引上問題になった人間を殺害し、切り刻み、焼却している現場に立ち会うことになります。手を真っ赤に染めながら、笑顔とともに死体を切り刻む……気さくで親切な村田の本当の顔、それは、違法ビジネスに手を染め、邪魔になった人間を躊躇なく殺害し、証拠が残らないようにバラバラにした上で醤油をかけて焼いて始末する、狂った連続殺人鬼でした。
殺人事件の共犯にされ、裏では妻が、村田と不倫関係になっており、村田からそれを告げられた上に、愛子を抱くように強要された社本は、ついに気弱が崩壊して一気に反対側に振り切って村田を殺害、その遺体を愛子に解体させます。
暴力によって支配され、暴力によって状況を一転させた社本は、自分の家族をも暴力で支配しようとして、娘を殴りつけてバイト先から引っ張り出し、妻に不倫のことを自白させてから強姦し、止めようとする娘を再度殴りつけて気絶させます。
村田を殺した現場に戻った社本は、愛子を殴って殺害、妻も刺殺します。
勢い、娘のことも殺そうとしますが、結局殺すことはできず、
「人生ってのはな、痛いんだよ」
と言って自分の首を切り、自殺します。
娘はそれを見て、
「やっと死にやがったなクソジジイ!!」
と叫び、物語は幕を閉じます。
冷たい熱帯魚はどこまで実話?フィクションを越える残虐
「冷たい熱帯魚」のモデルとなったのは、1995年1月5日に犯人が逮捕され、日本犯罪史に残る残虐な事件として記憶されることになる、埼玉愛犬家連続殺人事件です。
事件の主犯は、埼玉県でアフリカケンネルというペットショップを経営していた関根と元妻で、映画では熱帯魚で行っていたような詐欺を、犬の販売で行っていました。しかし、そんな詐欺を繰り返していれば、当然顧客との間でトラブルも起きます。普通なら、どこかのタイミングで詐欺が発覚して逮捕されるところですが、関根は自らの狂った哲学に基づき、そういった顧客を殺害しており、その殺害方法は、想像を絶するものでした。
事件発覚まで
関根と元妻は、詐欺を働き顧客との間にトラブルが起こると、知り合いの獣医師からもらった犬の殺処分用の硝酸ストリキニーネ(医療用でも使われるが、それ以外だと殺虫剤などに使われる、非常に毒性が強いもので、毒物指定されている)を使って殺害し、ペットショップの役員だった共犯者の家の風呂場で解体し、細かく切り刻んで山林や川に捨て、骨はドラム缶に入れて焼くという手口で四人を殺害しました。
そういった、徹底した証拠隠滅をしていたため、遺族の声も届きづらい状況でしたが、関根と元妻が逮捕される一年ほど前に、大阪でも愛犬家連続殺人事件が発覚し、埼玉でも愛犬家が失踪しているという噂が流れたことで、メディアが興味をもつようになり、遺体はないものの、失踪という事実と、愛犬家という共通点から、徐々に事件に光が当たり始めます。
証拠を残していないという自信からか、関根は白を切り続け、失踪者の家族は何かあるはずだと訴え続けます。そして年の暮れになって、共犯者として使われていた男が証言したことをキッカケに、被害者の遺留品や遺骨が見つかり、1995年1月5日に逮捕されます。
裁判では、関根と元妻は、相手こそが主犯だったと罪のなすりつけあいをし続けましたが、裁判は二人を同等の立場にあったと判断し、両者に死刑宣告が出されましたが、関根は死刑執行前に、病死しました。これだけの事件を起こした男の最後にしては、あっさりしていて物足りないともいえます。
主犯、関根がもっていた狂気の哲学
主犯の関根は、独特の狂った哲学をもっていました。それは、
- 世の中のためにならない奴を殺す
- すぐに足がつくため、保険金目的では殺さない
- 欲張りな奴を殺す
- 血は流さないことが重要
- 死体(ボディ)を透明にすることが一番大事
という5つで、世の中のためにならないどころか害にしかなっていない自分のことを棚に上げて、気に入らない相手を殺害し、ボディを透明にするという狂った発想で遺体をバラバラにして処分し、骨はドラム缶で燃やすという、遺体という最大の証拠を隠滅する方法を作り上げていきました。
そのため、三件の連続殺人で起訴されたものの、証拠が乏しく、共犯者として使われていた役員の男の証言を主として捜査が進められ、遺体の一部や遺留品が発見されたことで、最終的には死刑判決となりました。
関根の心理
主犯の関根は、上述した狂った哲学以外にも、以下のような発言を残しています。
「死体がなければただの行方不明だ。証拠があるなら出してみろ。俺に勝てる奴はどこにもいない」
「最初は俺も怖かったが、要は慣れ。何でもそうだが、一番大事なのは経験を積むこと」
「臭いの元は肉だ。そこで透明にする前に骨と肉をバラバラに切り離すことを思いついた」
「骨を燃やすのにもコツがいる」
そのまま見ると、ただの異常者の発言ですが、どこか「俺はすごいんだ、誰にも負けはしない」という、虚勢のようなものが透けて見えます。
実際、関根は神経質な性格で、普段は上記のような雰囲気で自信があるように振る舞っているものの、小心者であり、証拠を隠滅していることに自信をもちつつも、見つかるかもしれないという不安に怯えていたようです。
話すのはうまかったようで、その話術に引き込まれた人たちも多かったようです。おそらくは、表面的には自信ありげで、信頼できる人間に見えたのかもしれません。
こういった、メンタルが弱く、人を支配して自分のいいように動かそうとする人間を、心理学ではカバートアグレッションと言います。関根がそうだったかは分かりませんが、要素はもっていたと思われます。
また、役員の証言によると、遺体を解体するときに「楽しい」などと口にしていたことから、共感力がなく、目的のために手段を選ばないサイコパスというより、人を痛めつけて支配することに喜びを感じるサディストだったのかもしれません。
一番恐ろしいのは人間だと思い知らされる映画
日本のホラー映画として、呪怨やリングなどとは違った怖さで記憶に残る「冷たい熱帯魚」は、映画よりも恐ろしい実話をモデルにした話でした。人は、理解できない霊的な存在に怯えますが、映画も事件も、理解できるはずの、自分と同じ人間のどす黒い悪意のほうが恐ろしいと思われせるものです。
善人面して支配しようとする人間は、意外に近くにいるかもしれないので、どうかお気をつけ下さい。