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500日のサマーが「ひどい」「嫌い」と言われる理由!

2008年公開の「(500)日のサマー」は、ジョセフ・ゴードン=レヴィットとズーイー・デシャネル主演のラブコメディ映画です。男女のどっちつかずのモヤモヤした恋愛関係を描いた作品のため、観る人によってその感想が様々に分かれる作品となっています。そんな中でもひときわ目立つのが「(500日)のサマー」“ひどい”という感想。とても良い作品なのですが、いったい何が“ひどい”のか?その真相を探ってみます。

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「(500)日のサマー」をおさらい

 「(500日)のサマー」“ひどい”の真相を探る前に、この映画のストーリーと魅力をおさらいしてみましょう。

あらすじ

 トム・ハンセン(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)はグリーティングカードの作製会社で働く会社員。彼は会社に社長秘書として入社してきたサマー・フィン(ズーイー・デシャネル)に一目ぼれします。ある時エレベーターの中で、音楽の趣味で意気投合した2人は、その後も話す関係となり、自然に惹かれあうように。運命の恋は絶対に存在すると信じていたトムは「サマーとの出会いは運命だ」と意気込みましたが、サマーは運命など信じない対極的な考えの持ち主でした。サマーはトムとハッキリしない男女関係を望むのに対し、トムはサマーと恋人関係でありたいと思っています。お互いに好き同士のはずなのに、その関係認識は食い違う2人。トムとサマーのモヤモヤした関係は続きます・・・。

この映画の魅力

 この映画の魅力は主人公2人でしょう。トム・ハンセン役のジョセフ・ゴードン=レヴィットは、恋愛をしたくないサマーに本気惚れし、感情を振り回される男にハマり役ですし、サマー・フィン役のズーイー・デシャネルも、男をモヤモヤさせ振り回す、小悪魔的役柄がとても似合います。トムの周囲の友人もユニークで、映画のなかで良い役回りをしています。

登場人物だけでなく、映画の構成もユニークで面白い。トムの描く理想とこれから起こる現実が2分割画面で展開されるシーンや、サマーとの初めての出会いを1日目とカウントして、現在と過去のギャップを交互に見せるなど、ほかの映画にはあまりない手法が盛り込まれています。この手法で観る人を感情移入させ、映画に夢中にさせます。

ちなみにこの映画の監督は数多くのアーティストのミュージックビデオを手掛けてきたマーク・ウェブ。B’zの「今夜月の見える丘に」のミュージックビデオも彼の作品です。

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「(500日)のサマー」はなにが“ひどい”のか?

「(500日)のサマー」のストーリーと魅力がわかったところで、本題に入りましょう。ネットで検索すると賛否両論があるこの作品の“ひどい”と思われる個所はなんなのか?考察していきます。

わかりにくい映画構成

 「(500日)のサマー」が“ひどい”と評される要因の一つは、その映画構成です。ユニークな映画構成が魅力と前述しましたが、その構成が受け入れられない方もいるようです。たしかに、過去と現在が交互にめまぐるしく変わるシーン構成は、物語の時系列に混乱を引き起こす要因になるとも考えられます。この映画はただ、ボーっと眺めていては、時系列が分からなくなり置いてきぼりになってしまいます。主人公2人に寄り添うように、感情移入するように、時系列を頭で整理しながら観るのが正解と言えます。

トム・ハンセンの周りが見えなくなるほどのサマーへの想い

 トム・ハンセンは優しい男なのですが、行動が感情に左右されやすい一面があります。映画中のトムは、サマーとの関係が思い通りにいかないと言動を著しく乱す “少しヤバい奴”になる傾向があり、そのキャラクターに“ひどい”との声があります。

 サマーとの関係が上手くいかなかったときのトムの奇行は次の通り。

・家のお皿をひたすら叩き割る

・サマーの内面や外見を手のひら返えしで侮辱し始める

・仕事で悪態をつく

・通りすがりのカップルに悪態をつく

・バスの中で突然大声を出す

・アドバイスしてくれた女性を冷たくあしらう

普段はイケメンで優しい男なのに、サマーとの恋愛においては周りが見えなくなってしまうトム。これはひどい(笑)。しかし裏を返せば、それほど純粋にサマーを愛しているということでしょう。サマーと上手くいかないと我を失う不器用さは応援したくなる主人公とも言えます。

サマーのはっきりしない態度

 恋人同士になる恋愛はしないと堂々と宣言した上で、トムと男女の関係になることを認めたサマー。しかし、トムのサマーへの愛がエスカレートしていくのを分かっていながらも、その関係に答えを出そうとしないサマーの態度にも“ひどい”という意見が見られました。小悪魔的な性格が魅力の彼女ですが、トムの愛情が強くなっていくにつれて、相対的にヒール役に映ってしまうところがあるようです。

観る人によって分かれるトムとサマーへの見解

 面白いのは、映画を観た人によって、トムを擁護する派とサマーを擁護する派で意見が分かれていることです。

 トムを擁護する派は、「こんなにも一途にサマーを想い続けているのに、その関係に答えを出さずに振り回すサマーがひどい。トムがかわいそう。」と言い、サマーを擁護する派は「LoveじゃなくてLikeの男女の関係もある。それぐらい大人なら理解しているはず。初めから恋人同士にならないと宣言したのだから、感情に左右されるトムがひどい」と評する人もいます。

このように、トム擁護派の意見もあれば、サマー擁護派の意見もあり、ネットの感想を眺めていると、男女の恋愛についての様々な意見をみることができます。

 女性目線で見ると、トムは優しいだけでずっと付いていきたくなるような刺激さやユニークさが足りない男です。それに自分の思い通りにならないと行動や態度にでてしまう自分本位な考えは、サマーの気持ちを考えていないように映ります。男性目線で見るとそれが応援したくなる要因にもなるのでしょう。対してサマーを男性目線で見ると、自分の寂しさを紛らわすためにトムを利用する小悪魔な側面に批判的な目が向けられます。しかし女性目線で見ると、退屈で自分本位な男トムに惚れこまないのは当然のように思えます。

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まとめ

映画「(500日)のサマー」に対してネットで飛び交う“ひどい”という感想について考察を述べてきました。この“ひどい”というワードの中には、ユニークな映画構成への批判もありますが、メインは映画の主人公2人に対する意見や感想の一部です。トムに“ひどい”と思った方も、サマーを“ひどい”と思った方も、この映画を真剣に観た結果だと思います。主人公の行動や性格に様々な見解が出るということは、それほど魅力的な映画であると言えるでしょう。皆さんも映画「(500日)のサマー」を観て、自分の恋愛観を見つめなおす機会にしてみてはいかがでしょうか?また気になる映画の結末もぜひチェックしてみてください。

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